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山形地方裁判所 昭和34年(ヲ)33号 決定

申立人 黒木藤吉

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立の趣旨「申立人より山形簡易裁判所昭和三十三年(ト)第四〇号仮処分決定正本に基き山形市香澄町字吹張七十五番地家屋番号三九区三九八番一、木造亜鉛メツキ鋼板ぶき平家建居宅建坪十七坪五合に対する強制執行の委任を受け執行中の山形地方裁判所々属執行吏は同家屋に居住中の川合利勝に対しては同家屋南側六畳出入口、台所の部分、石岡竜美、同ふく並にその家族に対しては北側の三畳、四畳半および出入口の部分について、それぞれその明渡しを求めることの執行を実施せよ」なる決定を求める。

二、申立の理由 申立人は申請人本件申立人被申請人斎藤長春、黒田菊太郎間の前項記載の仮処分決定(「本件家屋-前項記載の家屋十七坪五合を指す-に対する被申請人等の占有を解き山形地方裁判所々属執行吏の保管に付す。執行吏は現状を変更しないことを条件として被申請人両名にその使用を許さなければならない。この場合執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとれ。被申請人両名はその占有を他人に移転し又は占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分)正本に基ずき昭和三十三年六月十六日山形地方裁判所々属執行吏神谷貞雄に委任してこれを執行せしめたが、その後右斎藤長春は同年十月十七日黒田菊太郎は同年十一月五日頃それぞれ本件家屋より退去したところ、同人等の各退去の直後において川合利勝及び石岡竜美、同ふく並にその家族等はいずれも本件申立人に無断でこれに立入り、利勝は斎藤の占有したる部分すなわち家屋南側半分を竜美等は黒田の占有したる部分すなわち家屋北側半分をそれぞれ占拠居住を開始するにいたつたので、申立人は同執行吏に対し仮処分執行による物件保管の趣旨に鑑み右新規占有者等を退去せしめ各自占有部分の引渡しを受けることの執行の実施を促したところこれに応じないので、山形地方裁判所に対し右執行の実施を求める旨の執行方法に関する異議申立をなし、事件は昭和三十四年(ヲ)第二号として係属したが、同年二月六日付を以て申立を許容する趣旨の決定を得た。よつて申立人は右決定正本を添えて同執行吏に対し更に前記の執行をなすべきことを促したところ、執行吏は同年三月十四日同家屋に赴き利勝に対してはその占拠せる南側半分のうち四畳半、風呂場、便所の部分を竜美等に対しては北側半分のうち六畳一室の部分だけについての執行をすませたが、残余の部分すなわち同人等がなお占拠中の第一項記載の部分についての執行は同月十九日にすることにして当日の手続は終つたところ、右指定の期日に至るや執行吏はその同日利勝並に竜美等から前記昭和三十四年(ヲ)第二号事件決定に対し即時抗告の申立があつたことを理由に執行手続を進めないのである。しかし右の通りの即時抗告の申立があつたとしても執行を停止すべき何等の事由にもならないのであるから、執行吏の右の処置は違法であると信じ本件申立に及んだ。

三、疎明 申立人は疎明として甲第一(領収書)第二(決定正本)第三(和解調書)を提出し、当裁判所は申立人を審尋した。

四、申立に対する判断 申立人提出の疎明資料並に申立人審尋の結果によると、申立人主張の事実全部を認めることができ、なお当庁昭和三十四年(ヲ)第二号事件の決定に対し川合利勝等より適法な即時抗告があつたことは当裁判所に明らかなところである。そこで本件の場合執行吏が決定に対する即時抗告があつたことを理由に執行の実施を停止したことが適法であるかどうかの点について審按するのに、一般に決定は告知と同時に効力を生ずるのであつて、これに対する即時抗告の申立は執行停止の効力をもつけれども(民事訴訟法第四一八条第一項)この場合においても抗告申立人が現実の執行手続の停止を得るためには、別に裁判所の執行停止命令を得てその正本を執行機関に提出することを要するものと解されているが、本件のように執行吏の執行方法に関する異議申立事件の決定であつて申立を認容して執行吏に執行の実施を命ずるものは、その裁判の文言は上記の通りであつても、その実質は執行裁判所が異議申立をうけた執行吏の処置に対し自己の判断を示すことによつて執行の適正を期待するにすぎないものであつてそれ自体執行力を有するものではないから、これに対し即時抗告があつたとしても、本来存しないところの執行力を停止するということは無意味なことであるし、又前記第四一八条第一項の執行停止の意味を広く決定の効力を停止するものと解するとしても、かゝる停止の効果は執行吏をして決定のなかりし以前の地位に復帰せしめるというにとどまるから、執行吏に対し停止命令正本を提出したとしても、執行吏としては本来の執行を続行すべきや否やの判断が再びその裁量に委ねられることになるだけのことであつて、前記一般の場合と異なり執行を必ず停止しなければならないというものではない。従つてかゝる意味での決定の効力を停止するためには、執行停止を必然的なものとする一般の場合における程厳正な手続を経ることを要せず、単に執行吏をして決定に対する即時抗告申立の事実を確認させるための適宜な方法をとればたるものと解せられる。

本件においては、執行吏は抗告人等より即時抗告申立受理の裁判所の証明書の提示をうけたので、決定のなかりし以前同様の立場に復したものとして、その自由な判断に基いて本来の執行を中止するの措置をとつたものと認められるが、決定の効力は停止せるものとみなした点に違法のないことは前記の通りであり、その上において執行を実施せざることの是非についてはさきの申立を認容した決定もあることであつて、再びこれを判断するの要をみない。よつて本件申立を理由がないから主文の通り決定する。

(裁判官 藤本久)

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